うつ病で布団から出れない、出勤できず無断欠勤、ストレスを受けても頑張り過ぎてうつ病に。うつの裏側にあるやっかいな問題を解消方法はセラピー。臨床心理士、カウンセリングオフィス☆のむら、横浜、山手駅10分
うつ病 事例1うつ病 事例2 -仮面うつ病-うつ病 事例3 -抑うつ神経症- 

うつ病性障害 −抑うつ神経症−

 見かけはうつ病とよく似ているけれど、実は異なるという病態の一つで意外と多く見られます。
ではどう違うのでしょう?うつ病は「休養」と「薬物療法」が初期のメイン療法です。症状が少しゆるやかになってから認知や潜在意識の変化を促したりトラウマを解除するカウンセリングを平行しておこなうと再発しにくくなる・・・というように道筋がわりあいすっきり?しています。

抑うつ神経症 「ものの捉え方、考え方」がねじれて・・・

  ところがうつ病性障害〈抑うつ神経症と昔は言われていました〉の場合は「日頃のものの捉え方考え方」が一般的にうつ病よりさらに深くねじれて潜行しているのです。またうつ病は「脳内物質」の異常が見られるためそれを調整する薬物療法が功を奏するわけですが、うつ病性障害の場合は脳内物質の変化から来るものでないため、薬物療法も必要ですがうつ病ほどには効果がすっきりしないことが多いのです。休養も必要ですが休んだからよくなるという感じはうつ病ほどには得られにくいといえます。「こころが慢性的に葛藤している」ため物理的な休養をとってもそこまでは解決しないわけです。

 一義的治療はカウンセリングになりますが、これがまたうつ病の場合よりも紆余曲折が多く、時間も多大に要します。かといってよくならないということはなく、非常によくなられて人生が明るく変わる方は多いのです。次に一つ事例をあげてみます。

うつ病 事例3 Cさん (男性 42歳 総務人事担当)

 C さんは 入社以来 ずっと総務でしたが、3年前から初めて人事を担当することになりました。人事といえばどの会社でも激務で真面目な人ほど気苦労の多い職場です。
  C さんの基本的性格の一つは「こだわりが強い」タイプで、その分仕事の仕方も緻密でミスが少ないタイプです。しかしこだわりが強いということは得てして人間関係であまりスムースに行かない事が多いものです。大きなトラブルはなかったものの、職場で「人間関係がうまくいってない」感じをいつも感じていました。 自分は正しいことをしているのになぜ周囲は認めようとしないのだと密かに怒りを抱いていました。 しかし それを押し隠し 職務をしっかりすることに気持ちを向けて日々を過ごしていました。

 C さんは結婚して10年ちょっと経ったところですが、お見合いで結婚して子供も9歳と4歳になり、特に問題なく過ごしていたつもりでした。 ところが奥さんが健康を害し実家に戻って静養することが多くなったあたりから夫婦間がぎくしゃくしてきました。

こだわりが強い!

 C さんにすれば理由が全然わからないうちにある日妻から「離婚したい」と申し出られてしまいました。妻に問いただすと「あなたの思いやりのない態度が自分が健康を害してから辛くて仕方ない」というものでした。
  確かに仕事にこだわりを持って臨んでいる C さんにしたら家や子供のことはすべて妻に任せているつもりだったので妻がそんなに不満を持っていたとは気付かなかったのです。妻にすればたくさんのサインを出していたというのですが目幅の狭い C さんは気付けなかったのです。 C さんがどんなに懇願しても妻の気持ちは変わらず、離婚に向けて一直線状態になり、離婚手続きにならないうちに家を出てしまいました。離婚に同意できない C さんはいろいろ妻に働きかけましたが修復は困難でした。


精神科を受診

 そうしている間に C さんは不眠、集中力欠如、意欲低下、食欲低下などのうつ状態になり、会社の精神科医師を受診し、うつ病と言われました。

 診断書が出て休養と薬物療法を受けましたが1ヶ月以上経っても状態があまり変わりませんでした。妻と離婚する、しないが解決しないので無理もないとはいえますが、それにしても苦悩ぶりが和らぐ様子がまったくないのです。
 カウンセラーも同時に紹介されカウンセリングも受けることになりましたが、うつ病の特徴である「思考停止」や「おっくうそうなのろのろした感じ」は見られませんでした。

カウンセリング

 面接場面でしばしば混乱状態が見られましたがどちらかというと神経症的といえます。 精神科医師とも「薬も休養も 期待したほど 反応しないし、いわゆる抑うつ神経症ですかね〜?」とミーティングで見立ての修正が行なわれました。
 1ヶ月ほどで何とか復職できましたが、Cさんが離婚に同意する決意ができるまでかなりかかりました。
3ヶ月後正式に離婚したあとも納得した結論ではないため、仕事にも支障が出てきました。そしてその悩みを分かち合える人が職場にもどこにもいなかったため人間関係がよりぎくしゃくしたものになりました。

カウンセリング。。「自己否定」の観念が浮上。。

  しかしそんな中でカウンセリングの間にCさんから浮かび上がったのは根深い「自己否定」の観念でした。それは辿っていけばご両親との関係から始まり、あらゆる人間関係の中でこだわって自己主張するように見えつつ実は自己否定の塊であることを、自分自身が気づいていなかったのです。それをどうするのかが重要なテーマだとうすうす感づいてこられました。 40代になるまで「自己否定の塊」であるということはそのパターンが相当しっかりできあがっていますので、まずはどれだけ自己否定しているかを気付く作業から始まりました。

職場での変化 。。カウンセリング。。

 Cさんがあまりの自己否定パターンにわれながら愕然としているうちにも職場では変化があり、なぜか「リストラ担当」的な仕事が廻ってきたのです。普通だったらかなり落ち込むところですが、そこではCさんの「職務まっとう」のこだわりがプラスに生かされました。相手に同情しつつもリストラ宣言するわけですから当然罵倒されることがありました。人からの評価を密かに強く意識するCさんでしたが、それでも「自己否定しない」でその職務を行なうことにチャレンジしました。
 このリストラ担当的職務がCさんにはプラスに働き、それが終ったときはある種自信さへついていました。この嫌がられる職務をまっとうしたCさんを上司が珍しくねぎらってくれたこともあります。Cさんはこれをきっかけにかなりの立ち直りを見せ、思い切って当時立ち上がりかけていた海外でのプロジェクトチームに加わりたいと申し出、精神科医師も最近のCさんの様子からかえってプラスに働くだろうとの判断で同意してくれました。


うつ病、仮面うつ病、抑うつ神経症、職場適応、トラウマなどSRT(スピリチュアル レスポンス セラピー)で。カウンセリングオフィス☆のむら
 CさんとのカウンセリングはCさんが海外異動することで終了しました。 長年培った「自己否定パターン」が全部クリアされたとまでは言えなくても「それに気付けるようになった」ことがとても大きい変化です。人間は自分がそれを拒否さへしなければ「気付いたときはすでに変化が始まっている」のです。終了のときのCさんは 「気付いたら自己否定をやめる!」との気持ちを持てるようになっていました。

 妻との関係でも潜在的自己否定が強かったため、「自分を100%わかってもらいたい、わかるべきだ」と甘えと依存が強すぎたのです。そのことに妻は疲れてきってしまったともいえます。Cさんは全部ではありませんがそのことにじょじょに気付いていきました。  Cさんだけでなく多くのメンタル疾患は「自己否定」がベースになっています。疾患だけでなく人生の不幸もそうです。「まず自己否定に気付き」「自己否定をやめる」ことが私たちの健康と幸福の原点だと思います。



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